会員の完走文/エッセイ集




第5回いわて銀河100kmチャレンジマラソン大会完走記 (松井尚純)


  • この「第5回いわて銀河100kmチャレンジマラソン大会」という正式名称のウルトラマラソンは、今年の6月14日日曜日に開催されました。
  • 岩手県中部の左端(西側)、奥羽山脈の麓(ふもと)の田園、集落地帯や山中がコースとなっています。
  • もう少し具体的に地名などを説明しますと、(ここから先、大会HPを見るからいい、という方は飛ばして下さいね)
  • 北上市の新幹線の駅からバスで10分ほど南にある同市の総合運動公園をスタートしていったん南に向かい金ヶ崎町を抜け、再び県道37号を北上(ほくじょう)し花巻市で合流した県道12号に移って南花巻温泉郷、豊沢湖を過ぎて、あの「天空 なめとこ山」(注ご参照)を越え、西和賀町に下り、今度は県道1号線を通って貝沢集落まで、ここで沢内銀河高原の「ホテル森の風」に立ち寄り、そこからはマピオンやGoogle Mapにはなく国土地理院の2万5千の1の地図にしか見えない道を通って鶯宿温泉郷経由、雫石町運動公園にゴールします。
  • (注)「天空のなめとこ山」
  • 大会のキャッチ「天空 なめとこ山を越えずにウルトラマラソンは語れない―。」に使われているのでそのように書きましたが、国土地理院の地形図にある「ナメトコ山」は私達が越えたコース最高到達点近くの小倉山よりもっと北にある山です。
  • なぜにそのようなキャッチにしたのか??? この大会は「銀河」とい「なめとこ山」といい、宮沢賢治にあやかっているので、そのようにしたのでしょうか。
  • 因みに、宮沢賢治を好きな方はご存知かもしれませんが、「ナメトコ山」は「なめとこ山の熊」という童話に関係しているのです。それはともかく、この大会関係者によれば、この大会に出てなめとこ山を越えなくてはウルトラマラソンを語ってはいけないそうですので、明走會ジャパンではおそらく私がウルトラマラソンを語れる唯一の有資格者ということになるようです。このあたり議論がおきそうです(おきないって)。
  • <前日 前夜祭など>
  • 大会前日の6月13日に東京駅10時40分発の「やまびこ」に乗ります。自由席でも楽勝でした。13時32分北上着。降りた人はランナーが大半です。
  • 駅正面の大通り徒歩5分の「くさのイン」というホテル(素泊まり4,500円也)にチェッックイン。多くのランナーは、駅前にある大会運営バス発着地点の「メッツ北上」に宿泊していたようです。
  • 15時から前夜祭が行われました。大会運営のバスで駅から10分くらいの会館へ行きます。浅井えり子さんがゲスト。体育館のような場所で立食形式。200人くらい集まっていました。私と同年代の人が多いように思いました。
  • ビール、日本酒飲み放題という感じでしたが、私は殆ど飲まず短時間でホテルに帰りました。大会運営のバスは1台きりのピストン輸送で私は30分くらい待たされました。
  • 6月14日の大会当日は1時半起床、2時にチェックアウトし2時30分のバスでスタート地点の北上市総合運動場へ。500人規模の大会ですから着替え室などもすいています。着替えはホテルで済まして来ましたので、1時間やることがなくガランとした選手控え室で寝転がってスタートを待ちました。3時のバスで十分間に合いましたね。
  • <スタートから20キロ 2時間20分 眠気と闘う>
  • 夏至が近いのと北国で緯度が高いのでいきなりすっかり明るくなった午前4時に浅井えり子の号砲でスタート。私は最後尾からゆっくりついてゆきました。
  • 天候は曇りで風が吹くと寒いくらい。初めての100キロで、どうなることやら。後日皆さんに話したら呆れ顔をされたくらいしか練習をしていなかったので前日までは不安でしたが、スタートすると結構気が楽になって「ま、なんとかなるやろ」と、いう気分。
  • でも、しばやんさんや、フーさんから前日頂いたお励ましのメールに「足がもげるまで頑張ります」と返信しましたので「なんとか完走」「絶対完走」と念じつつ、マイペースで走ります。
  • コースは、田園地帯から山中、また田園地帯、街中と結構変化します。山の中は新緑の木漏れ日がライスシャワーのようで綺麗でした。田園地帯では遠くに三角形の山が重なって見え、童話っぽい風景。
  • 私は年のせいか早起きは苦ではないのですが、前夜3時間くらいしか眠っていないので、ゆっくり同じリズムで走っていますと眠気が襲ってきます。時々夢心地になりつつ、5キロ35分というゆっくりペースでなんとか眠らずに20キロ地点まで。
  • しかし、ここでたまらず道路の縁石に腰掛けて数分間目をつむって眠りました。ついでに近くのコンビニでトイレを借りて復活。
  • <20キロから40キロ 2時間26分 田園風景の中を快調に走る>
  • 20キロ地点のトイレと仮眠で15分くらい余計に時間がかかっていますが、おかげで快調に走っています。空が晴れてきました。気温も18度まで上昇しています。エイドごとに置いてあるバケツの水を頭からかぶります。
  • 35キロで南花巻温泉郷に入り、ここから標高差400メートルを20キロで登ります。平均的な斜度はたいしたことがありませんがともかく長い登りですし、何箇所かは歩くほうが効率的なくらいの急坂もありました。
  • <40キロから57.5キロ 2時間26分 銀河なめとこラインをひたすら登る>
  • 奥武蔵グリーンラインのような山中の自動車道をひたすら登ります。50キロ地点は豊沢湖ですが、ここからがきつい登りですので、あまり折り返しという実感がありません。
  • 高度が徐々に上がっていきスカイラインが近づきます。新緑はあくまで清新です。気分はよいのですが、また眠気がきつくなりしばらく路傍で座り込んで目をつむっていると通り過ぎるランナーみんなが「大丈夫ですか?」と声をかけてくれる。
  • 体調不良と思われてしまうのですね。これはいかんと思いすぐに走り再開。深い谷をまたぐ橋をいくつか渡って55キロ地点から2キロ続くトンネルに入ります。
  • 出発前に、「非常に寒いので防寒対策して下さい」と注意していた場所。確かに寒い。トンネルを抜けるとそこはコースの最高到達点にある57.5キロのエイド。エイドについては、ここで、ひとこと言いたい。バラエティが無さ過ぎるのです。
  • 20箇所あるエイドが全て同一内容なのです。始めから終わりまで全部同じ。おにぎり、梅干、パン、バナナ、オレンジ、ゼリー、VAAM、水。これだけ。
  • ボランティアの人たちはみなさん、頑張っていらっしゃるので、好感が持てるのですが、さすがにこの種類だけでは飽きます。
  • 66.5キロの休憩所では豚汁とかぜんざいがあったとの報告もありますが、私は遅かったせいか気がつきませんでした。
  • <57.5キロから66.5キロ 45分の休憩+60分のラン>
  • 57.5キロ地点のエイドで約45分の大休憩。実は30キロあたりから右足首が痛みはじめ、55キロの手前から歩き始めました。最大の難所を越え、距離も半分を過ぎたということと、制限時間まで余裕があることで少し休みたかったのです。
  • そして、右足首が下りで特に痛くて走れなかったので、救護車が来るのを待ってテーピングしてもらいました。
  • おかげでそこからの山中の下りは、痛みがなく元気に走れました。既に私個人としては未体験ゾーンの距離に入っています。下りきって県道1号に入るとまもなく66.5キロのレストステーションです。100キロのちょうど3分の2ですね。
  • 走行時間はスタートから9時間で、時刻は13時です。山の中は涼しかったのですが一気に下りてくると暑い。ここに預けてあった服に着替えて医療班の人にテーピングをやり直してもらいました。レストステーションの雰囲気が収束モードになっている。関門閉鎖まであと30分くらいだったのですね。
  • <66.5キロから80キロまで 1時間45分>
  • レストステーションから80キロ手前までは県道1号線沿っていくつかの集落を通り76キロあたりで県道1号線から左にそれ、沢内銀河高原でホテル森の風で折り返し(距離調整ですね)、そこから山に向かって80キロまで山の中の道です。
  • 私は学生時代に山登りをしていましたが、約30年前の夏に秋田県田沢湖から真昼山地のマンダノ沢を登り、今走っている貝沢集落に下山したことがあります。そこからヒッチハイクで盛岡まで行ったことを思い出しながら走っていました
  • 登りは足首が痛くないので走れるのですが、下りは負担がかかりは歩きとなります。そして80キロを過ぎるとまた大きな下りです。またまた足首の痛みがこらえられなくなり、道端に座り込んでバンテリンを塗ったり冷却スプレーで冷やしたりしていました。
  • この頃、もう時間は午後3時近くです。午後6時までにゴールせねばなりません。歩いては間に合いません。ここで、天の助けというか、57.5キロ地点で助けてもらった救護車が通りかかり3回目のテーピングをやってもらいました。これでまた走れるようになりました。
  • <80キロから100キロ 2時間35分>
  • 残り20キロで午後2時55分。制限時間まであと3時間ですのでゆっくりでも走っていれば完走できます。しかし走らねばなりません。歩きでは間に合いません。
  • 歩いても間に合う所までは何とか走ろうと思い90キロまでは1時間10分で16時5分くらいに通過。ここが最後の関門(閉門時刻16時40分)。あと10キロを2時間弱でよいのでもう全部歩いても大丈夫。
  • と、思うと足の疲れと痛みとスタミナ切れで、そこからは、歩きが中心となってしまいました。でも結構早かったですよ、キロ8分くらいのペースでしたので早歩きというかLSDペースですね。
  • 夕暮の田園地帯に突然、ドボルザークの交響曲「新世界」の第二楽章が鳴り響き渡りました。午後5時を知らせる時報だったのです。風景とぴったり合っていました。遠くに雫石の町並みが見えてきます。あの町にゴールがあるのだな、と思いました。
  • 私は、66.5キロ地点のレストステーションで音楽プレーヤーをピックアップし、以後それで音楽を聞きながら走っていましたが、ゴールに近い地点でETERNITY∞のWONDERFUL WORLD  "It's a wonderful world and wonderful day. Live your life, take a chance. And friends will be friends."という曲、詞に思わずグッときちゃいました。
  • あまりにその時の気分にぴったりしていましたものですから。河岸段丘の坂を100mほど登らされるといよいよ雫石町の住宅街に入ります。くねくねとした道を沿道の応援を受けて走ります。運動公園に入ってダッシュ。
  • 13時間29分33秒のゴール。男子100キロの部第309位。男女合わせて621名が出走し424名が完走したレースでした。
  • 体育館でシャワーを浴びて着替え、屋台で配給される産直のおにぎりや焼肉、ひっつみ汁(岩手の名物のすいとん汁)やビールを大急ぎで堪能、お目当てのホタテの網焼きは大行列で断念、アイシングサービスやマッサージもあったものの、バスの時間が迫り断念しました。
  • <総括>
  • 最後の方が歩き中心でしたので、次回は最後までちゃんと走れるようにしたいと思います。
  • 距離に対する恐怖感というか忌避意識というか、倦怠するのではないか、という不安はこれで全くなくなりました。実に楽しいランでした。フルやハーフともトレランとも違う別の楽しみが出来てよかったと思います。
  • 最後に、この会に入れていただいたみなさん、100キロの世界へいざなっていただいたみなさん、練習会を開催して練習につきあっていただいたみなさん、応援していただいたみなさんに感謝申し上げたいと存じます。


    map_2009.jpgコースマップ




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