会員の完走文/エッセイ集



第27回サロマ湖100Kウルトラマラソン(菊池氏)


  概要

  • 日時  2012年6月24日(日)
  • 天候  小雨のち曇り
  • 参加  藤盛(12回目)、菊池(11回目)

  • 今年のサロマは11回目ですが、サロマンブルーメンバーになって初めての大会でした。 2001年に初めて参加して以来、"サロマンブルー"にあこがれて参加を続けています。 以前は数名でにぎやかにツアーを組んでいましたが、昨年、今年は藤盛さんと二人旅です。 藤盛さんは12回目。今年も同じシューズとウェア(Tシャツ、短パン)での出場を続けています。今年は藤盛さんの足型のレリーフがゴール会場に飾られています。10年の思いのこもったレリーフです。感動を覚えました。
  • 小雨の降る受付会場に2時前に到着しました。そこでブルーゼッケンと新メンバーのブルーのポロシャツとスポーツバックも記念品としていただきました。 ホテルの夕食では藤盛さんと楽しく語らいながら、しっかりたくさん食べて、明日に備えることができました。
  • 準備を終えて床に入ったのが10時すぎになってしまいました。 今年はゴール会場からツアーバスでスタート地点に向かうため、例年より1時間早い、2時過ぎにホテルを出なければいけません。
  • 1時半に起床して、早過ぎると思いながらおにぎりを食べて出発です。 それでもバスの中で30分ほど寝ることができたのはよかったと思います。 朝4時に会場に着くとすでにたくさんのランナーで会場は活気に溢れていました。 サロマンブルーメンバー専用の待機スペースがあり、そこで以前ごいっしょした岡野夫妻(夫婦でサロマンブルー)に再会。 お互いの健闘を誓い合い、スタート地点に向かいました。
  • 今回は50代の女性ランナーの美○子さんのペースメーカーとしていっしょにスタート地点に立っていました。 制限時間の13時間をフルに使いながら完走を目指していく計画です。
  • 5時のスタート時は、霧雨でしたが、ウェアが濡れて、身体が冷えてしまうおそれがあるのでMさんからいただいたビニールを被り、雨を凌ぎながら進みました。 前半は1キロ7分前後のペースを守りながら行きましたが、5キロ過ぎでトイレに並び10分かかってしまいました。そのため10キロは1時間20分でした。 この10分が、後で響いてこなければと頭をよぎりましたが、とにかくペースを守りながら行くことにしました。
  • 単調なコースが続く10〜30kmもキロ7分〜7分半のペースを刻み、徐々に前を行くランナーに追いついて来ました。
  • 42.195km地点を5時間8分(予定は5時間、関門5時間半)で通過しました。 まだ許容範囲での遅れでしたが、徐々に疲れも出てきて、これからのアップダウンをどれだけペースを維持していけるかになります。
  • 54キロの大休憩ポイントでは最低限の荷物の入れ替えやおにぎりの補給など、わずか5分ほどで出発しました。 本当はもう少し休みたいところですが、60キロから厳しくなる関門時間を考えるとのんびりできません。
  • 50キロ関門(6時間30分)からわずか60分しかありません。(きびしすぎる〜) 同じタイミングで入られた岡野夫人もほとんど休憩せずに先に行くねと声をかけられて行かれました。 ぎりぎりの戦いをされているランナーが実に多いのがよくわかりました。 晴れ間も出て来て、気温も上昇してくる中、美○子さんも長いアップダウンを休まずに走り続けていき、サロマ湖畔にある60キロが遠くに見えて来ました。
  • やっと60キロに到着。 7時間26分(予定7時間10分、ラップ1時間18分)、閉鎖3分前でした。 かなり多くのランナーが、ここで涙を飲んだことだと思います。 私が関門に掛るのを案じて、先に行っていいと言ってくれる美○子さんの気持ちとペースを維持していけば間に合うというこちらの思いとが交錯し、ぎこちない状態で70キロをいっしょに目指していきました。
  • 62キロから約4キロ続く、木々が鬱蒼と茂った魔女の森では、足の痛みに耐えながら、気力をふりしぼって走られていました。 休憩して欲しかった67キロにある斉藤商店の私設エイドにも見向きもせずに70キロに向かう美○子さんにまだあきらめてない気持ちが伝わってきました。 そこをちょうどグランドサロマンブルー(20回以上の完走者の称号)の鈴木隆子さんが後ろから抜いて行くのを見て、まだ間に合うと感じました。 百戦錬磨のランナーだけに着実なペースを刻んできていると思ったからです。
  • 69キロも過ぎて、あと500mくらいになった時、まだ4分残っているという声が聞こえました。 まだ行けるとラストスパートしようにも思うように身体が言うことのきかない美○子さんの気持ちも考えずにラスト、ラストスパートと声を出していました。 角を曲がったところが70キロ関門になっているため時計が見えません。 ようやくあと100mくらいになった時に係員さんが声を出して手招きしていました。
  • まだ時間になっていないのがわかると、先にダッシュして関門の時計を見ると、8時間44分30秒でした。 何を言ったかわからないですが、大きな声を出していました。 美○子さんが攣りそうな足で角を曲がり駆け込んできました。 8時間44分44秒で通過!わずか16秒前でした。(予定8時間30分、ラップ1時間18分) 美○子さんと握手をして喜びました。
  • しかし、残りタイムを考え、ここで自らゼッケンを外して、今年のサロマを終えられました。 あと5分余裕があれば、80キロに向かえたのにと悔しさを?みしめているのが印象的でした。(最初のトイレの10分のロスがここで響いてくるとは思いませんでした。) 美○子さん、お疲れ様でした!
  • 美○子さんと70キロ地点で別れて、この時点での最終ランナーとして80キロ関門へ気持ちを切り替えて再スタートしました。
  • まもなく72キロ付近で岡野夫人が身体を歪めながら走っていました。 時間を勘違いしていたらしく、残り時間から80キロ関門も諦めなくても大丈夫と話をしてから先に向かいます。
  • 75キロの鶴賀リゾート前では、名物のお汁粉とお雑煮が振舞われ、味わっていただきました。 さらにペースを上げ、80キロを9時間44分(ラップ60分、関門10時間)で通過。 そして眼前にワッカ原生花園とオホーツクの海が飛び込んできました。 毎年この景色をみるとサロマに戻って来れたなぁと感じます。 ただ今年はどうしても美○子さんにもこの絶景を見ていただきたかったので喜び半分でした。
  • ワッカ原生花園は、写真のようなまっすぐな一本道が延々と10キロ近く続くコースで90キロ手前で折り返してくるため、ほとんどのランナーとすれ違うことになります。 体力的にも一番きついところであり、一番きれいなコースで仲間らと励まし合うことができる最高のシチュエーションになっています。
  • 83キロ付近で前を走る、背の高いクライアントの小○寺さんを見つけました。 背中をたたき、再会を喜びました。 会話から完走に向かって順調に行っているようで安心しました。
  • 85キロ付近では、折り返してくるランナーの中に藤盛さんを発見、終盤にも関わらず軽快なスピードで走られていました。10時間台は大丈夫そうです。
  • 89キロが過ぎていよいよ折り返しです。今来た道を戻り、残り10キロになります。 90キロは10時間40分(ラップ55分、関門は11時間30分)で通過しました。 ここまでペースを上げてきましたが、急に足どりが重くなって来ました。
  • やはりそんなに甘くはなく、ペースを落としながらも走り続けました。 ようやく95キロとなり、カウントダウンです。
  • あと4キロ、あと3キロ・・そして長いワッカを終え、一般道に出て来ました。 そこに再び高石ともやさんがいて、ランナーひとりひとりに声をかけていました。 自分も再び元気をもらい、最後2キロをペースを上げて会場に入りました。
  • ゴールゲートをくぐり(11時間44分)、完走メダルを首にかけていただきました。 70キロで別れた美○子さんからメールが入っており、バスから自分が走っているのを確認できたことや今晩乗る飛行機のためすでにタクシーで空港に向かったことなど、元気なご様子が書いてありました。 こちらも無事ゴールしたことを報告しました。
  • 先に10時間台でゴールしていた藤盛さんとサロマンブルー専用の休憩所で再会し、今日の頑張りを讃え合いました。
  • 制限時間の13時間が近くなり、ぞくぞくと戻ってくるランナーを見ているとなんと岡野夫妻が手を取り合って現れてきました。 ぎりぎりで各関門を通り抜けてきた夫人の粘りとあきらめない気持ちが通じた12時間57分の感動的なゴールでした。 藤盛さんとすぐに岡野夫妻のところに行って、おめでとうと言葉をかけることができました。
  • そうして今年もサロマの長い一日が終わりました。 自身も初めてブルーゼッケンを付けて、これまでのことを振り返りながら、純粋に走れることの喜びと感謝を持ちながら走ることができて、とても幸せでした。
  • ホテルで汗を流し、藤盛さんと小○寺さんと近くの居酒屋「蒸気船」で地元の新鮮な刺身やカキフライやホッケ焼などを肴に完走の祝杯をあげました! 一年で一番美味しいお酒です。



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